悠悠 ~ひるぜんの焼きそば~

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蒜山サマーミュージックフェスティバルの歴史➀ S57~59年

2017.06.05


※ 前回の内容はコチラ



「広報川上」を元に、
蒜山サマーミュージックフェスティバルの歴史を紐解いていきます。
今回は第1回から第3回まで。

第一回の情報は、この誌面のみ。




昭和57年7月25日(日)12時~15時30分

出演は、
堀内孝雄・岸田智史・山下久美子・倉橋ルイ子・パイ。

「ニューミュージックの歌手が多く出演いたします」
とあるように、当初はロック色は強くないようです。

ちなみに、昭和55年放送「1年B組新八先生」でスターになった岸田智史さんは、真庭市(真庭郡落合町)のご出身です。
凱旋コンサートの意味合いもあったのかもしれません。

主催は、岡山県・岡山郷土文化財団・山陽放送・山陽新聞社。
前後の記述を入手していないので、
なぜこのイベントが実現したかの経緯は不明です。

「大自然のなかで歌をうたい、音楽を聞くことにより、
豊かな情操を養うとともに、参加者相互のふれあいを強め、
音楽を通じて地域文化の振興に寄与することを目的としたもので…」
と書いてあります。

「良いこと」をすべて盛り込んだ文章です。

行政主導の要素が多分にあったためか、
商業的な要素は前面に出していません。

1部には吹奏楽やコーラスや合唱まであります。

地域振興や文化的な面からの補助金・助成金があったのではないかと
推測されます。

以後も続きますが、
なんと入場は無料なのです。


実際に開催した様子の資料は手元にはないので、
詳細はわかりません。




第二回はコチラ。




昭和58年8月7日(日)12時~15時30分

出演はアルフィー・ばんばひろふみ・石川優子・鈴木雄大。

ちなみに、今では大御所のアルフィーも、
なかなかヒットが恵まれず不遇時代が長かったバンドです。
ブレイクのきっかけとなったヒット曲「メリーアン」の発売は、同年6月。

このフェスのわずか2か月前。

フェス出演直後の8月11日に『ザ・ベストテン』「今週のスポットライト」に出演し、「メリーアン」は初のオリコン10位以内のロングヒットに。
年末の紅白に出場につながっています。


「蒜山に来るとブレイクする」

と言われたのは、この時からかもしれません。

石川優子さんも、翌年チャゲさんとのデュエット「二人の愛ランド」が大ヒットしています。





開催翌月の広報によると、
「真夏の炎天下に3万人の若人が三木ヶ原に集まった」
とあります。

後の記事から考えると、この数字はあやしいかもしれませんが、
多くの方が来蒜したことがうかがえます。
(ちなみに当時の川上村の人口は、2,691人)


「今まで蒜山に居てこのような機会を得ることは殆ど無かったのだが、
昨年の山下久美子や堀内孝雄。
今年は10月13日に金沢明子、16日には伊藤麻衣子が来蒜するという」

という記事も書かれてあります。

なぜそんな機会が増えていったのでしょうか???

謎は深まるばかりです。



ちなみに、伊藤麻衣子(現いとうまい子)さんは、
「高校聖夫婦」でドラマデビューしたばかり。

もし10月に来蒜したのならば、
翌年には名作「不良少女と呼ばれて」は大ヒットしたので、
蒜山のジンクスはここでも発揮されたのかもしれません。




第三回はコチラ。




昭和59年7月29日(日)11時~15時30分
前年より、開始時間が早くなって、
「アマチュアグループによる演奏」が盛り込まれています。

出演は、吉川晃司・原田真二・葛城ユキ・レベッカ。

前年「ボヘミアン」がヒットした葛城ユキさんは、
岡山県(川上郡川上町・現高梁市)出身。
数年前、「もんげー岡山」のPVにご出演されております。
MCでは、川上村との「川上」つながりネタを喋ったかもしれません。


レベッカは、あの名曲「フレンズ」のヒットは翌年。
やはりブレイク前の出演でした。

吉川晃司さんは、同年2月に「モニカ」でデビュー、
6月に「サヨナラは八月のララバイ」が発売したばかりの新人。

「蒜山に来るとブレイクする」
と言う噂を不動のものにした感があります。

蒜山でも、ステージセットのテント上まで登ったことが有名です。

この行為が、後々に影響することになるのは、
また別のお話。

ちなみに、その年の「紅白歌合戦」初出場しておりますが、
大暴れしてNHK出入り禁止になった逸話も有名です。

そんな吉川晃司さんの蒜山での姿が映る貴重映像を見つけました。

デビュー30周年の「せつなさを殺せない2014」のミュージックビデオです。


1分30秒あたりです。


(つづく)



 

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