美甘地域づくり委員会

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横山廉造の略年譜と香杏館

年号 西暦 年齢 事柄
文政11 1828 1 1月4日:美甘村の庄屋の家の末っ子として生まれた。
文政13 42 15 3月:備中松山藩の山田方谷に入門して儒学を学ぶ
弘化2 1845 18 8月:備前邑久郡の久山楽山に入門、医学を学ぶ
嘉永元年 1848 21 9月:分家で医師の伯父 横山靖民の養子となり、娘と結婚
嘉永2 1849 22 8月:医学を修得
10月:上京して小石玄瑞に入門
嘉永4 1851 24 正月:大坂に下り、松岡順平・楢林栄建に入門
   その傍ら後藤松陰の塾に通い詩文を学ぶ
嘉永5 1852 25 江戸遊学を志すも兄に諭されて断念する。
3月:帰郷して医術開業
6月:勝山藩から目見格の待遇を受ける
安政3 1856 29 4~6月:讃岐から広島を経て九州各地を漫遊、
    熊本・長崎に滞在
慶応元年 1865 38 妻と離婚する(養子縁組は継続)
慶応2 1866 39 春、調合所を建築
慶応3 1867 40 3月:門人を連れて調合所へ移転、香杏館と称する
明治3 1870 43 7月:熱病にかかり死の淵から蘇生する
明治5 1872 45 5~9月:旧勝山藩主三浦氏夫人を治療
12月:夫人を東京まで護送
明治6 1873 46 5月:旧鶴田藩士保岡勝義の妹久子と再婚
子治8 1875 48 8月:学校資本金寄付により北上県から表彰
明治10 1877 50 4月:土蔵・後楼を増築
明治14 1881 54 2月:養子文造が大阪から帰郷して開業
3~5月:東京へ旅行、妻の里帰りも
実家5 1882 55 7月:大阪・京都へ旅行、旧小石家も訪問
明治16 1883 56 5月:京都を旅行中に喀血。静養して翌月帰宅
明治17 1884 57 2月:病床にて遺書をしたためる
3月17日:死去

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