社地域振興協議会

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大御堂

数珠回しなどの伝統行事を行う中世建築のお堂

大御堂 -おみどうー
 大御堂が創建されたのは、寿永4年(1185)と伝わりますが、定かではありません。2018年度に実施した放射性炭素年代法による測定で、部材の一部は、12世紀末、平安時代後期に伐採されたものであることがわかりました。岡山県内最古の木材を使った建造物ということになります。

 当時、大御堂ほど大きいお堂を村だけで作ったとは考えにくく、京都の仁和寺の資本が入って建てられたものと思われます。また、大御堂は現在、「堂ノワキ」という場所に位置し、北側に「堂ノモト」という地名があることから、本来は現在地のやや北へ建てられていた可能性があります。

 建築された当初は、一辺が8間(約14.5m)あったものの、その後、江戸時代初期に3間に縮められたとも伝えられます。現在は吹き抜けですが、柱には、かつて板戸で仕切られていたことを示す跡が残されており、幾度かの再建・修復を繰り返しているものの、部材には室町時代以前に遡る古材も多く残されています。
 
◆神仏習合
 社地域の式内八社でも、江戸時代までは、神を仏として祀る「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」が行われており、この大御堂もかつては「神宮寺」とも呼ばれていました。今もその名残として、堂の西側に「神集場(かんなつば)」というお旅所があり、秋祭りには八社の神々が集まって神事が行われます。また、お祭りの際に、神主たちが神集場に集まり拝礼した後、直会を大御堂で行っていたと伝えられており、これはまさしく神仏習合のあり方を示す面白い例だと思われます。
 
◆百万遍数珠回し
 大御堂は地域住民に近い存在で、かつては飲食や会合が、また、毎年7月中旬には、地域住民が堂に集まって大きな数珠を廻し、五穀豊穣や虫除けを祈願する「百万遍数珠回し」が行われています。
 百万遍数珠回しは、夏の虫による田んぼへの被害や台風などの自然災害を避けるための祈祷の意味合いが強かったのではないかと考えられています。中世の創建と考えられるお堂で、古い風習である数珠回しが現在でも行われていることは、民俗的にもきわめて貴重です。
 
 

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