社地域振興協議会

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仁和小路

京都の仁和寺へ年貢を運んだ道
 
 仁和小路 -にんなこうじー
 社地域から京都の仁和寺へ年貢を運んだ道と言われています。
 仁和小路とは、仁和寺の方へ向かう道という意味です。中世において、京都の仁和寺の荘園であった社地区の年貢を、仁和寺へ向けて運び出す道の出発点だと考えられています。仁和小路を進み、ゴルフ場(現在閉鎖)になっている場所を通り、釘貫小川(くぎぬきこがわ)、三坂峠(みさかとうげ)、樫西(かしにし)、目木(めき)と南進し、津山方面に東進するのが、中世の年貢を運んでいた道だったのではないかと考えられています。

 当時は、年貢を運ぶ際、川沿いの平坦な道よりも、年貢を水中に落としてしまう可能性のない山道をあえて選択し、最短距離で運ぶことが多かったと考えられています。また、必ずしも馬や牛で年貢を運ぶわけではなく、基本的には人間が背負って運んでいたため、大変な重労働でした。

 仁和寺と社地域との関係を示す資料は1400年(応永7年)を最後に途絶えており、1467年には応仁・文明の乱が起こり、仁和寺が火災で荒廃したため、社地区からの年貢の納入もこの時期に途絶えたものと思われます。
 

 

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